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2011年4月

2011/04/16

命削ります?

■いやぁ~盛大に更新が空いてしまいましたね・・・;;; 理由はお仕事とまた体調の悪化です( ;´Д`) 今年は年明けに食中毒で寝込んでから、目の虹彩炎、そして今度のです;; 完全に身体の抵抗力壊滅状態になってしまっているようですね・・・;;; とりあえず、その前からずっと身体はダルくて、とても健康とは言い難い状態だったのですが・・・;;

そのお仕事というのは、産経新聞社さま主催の「絵師100人展」というもので、テーマが先日の電撃コミックジャパン表紙と同じ「日本」「女子」・・・もう悩みまくりましたよ;w

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▲そんな訳で5月3日~8日AKIBA_SQUAREで開催される「絵師100人展」に参加させていただきます。 興味のある人は上のバナークリックしてHPで詳細をチェックしてくださいね。

その〆切4月8日で、それに向けて頑張っていたわけですが、4月4日頃だったかな?背中にみというか、激痛が走り出したんです。どうやら大きくれているようです・・・おデキバイキンでも入ったかな?とすぐに治ると思っていたのですが、その夜にはもうみで眠れないほどになっていました。 自分では全く見えないし全く手も届かないので、家族に軟膏絆創膏を貼ってもらおうと見てもらうと、れの頂点にが滲んでいて、それをティッシュで拭くと皮が取れてが出始めました。この時にはれはコーラの大きい缶の底くらいれていたそうです。最終的には直径12~13cm程にれあがったようですね;;w そこからはもう、激痛激痛激痛です。銃弾が背中に残っているか、中にがいて僕のを食い進んでいる感じか、先に鉄球の付いた棒を背中の傷に突っ込まれてグリグリとかき回されている様なみとでもいうのかな? 高熱が出て、近所の人の今日は暑いねーという声を聞きながら、僕は歯の根も合わずにガタガタと震えていました。 食事も一切喉を通らずに胃が空っぽで、ひたすらオエオエと出す物も無くえずいていました・・・背中からはどんどんと血膿が溢れ続けます。 数時間毎に換える、でっかい絆創膏キッチンペーパーを何重にも重ねてテープで止めた物からも溢れるほどの量です。 家族が再三病院に行こうと薦めてくれますが、事ここに至っては病院に行けば即手術だろうと・・・もしも背中を切開されて腐肉を掻き出されて、縫合なんかされた日には確実にそれ以降の仕事など出来ませんので、とにかくこの仕事が終わるまで我慢する事に決めました。 といっても身体の方は完全に限界を超えてますので、なかなか仕事も思うように進みません。 結局は8日の金曜日には間に合わず、なんとか頼みこんで土日をもらって月曜までにしてもらう事が出来ました。8日の時点で8割方は塗っていたので、あとは気分がマシな時に少しづつ進めて、なんとか日曜の夕方には色調整も終わって完成出来ました。 ただその時には僕は一人では身体を起こす事も困難な有様になっていましたが・・・;;;

そして入稿を終わらせた月曜日に近所?の外科医院に行って見てもらいました。 シャツを捲って背中を見た先生は「うわぁ!これは凄いな!」「よくここまで我慢出来たね!?」そして看護師さんに「ほら見てみ!凄いで」「うわぁー」・・・祭りです。 それから処置台にうつ伏せに寝かされて、「ハイ、りますねー」麻酔も何も無しに僕の背中に2cmメスを入れたのです。 正直たいしてくはないと思ったのすが、その後に本当のみが襲ってきました;;; なんと大人3人がかりで僕を押さえつけつつ、を3人で搾り出しはじめたのです;;; 僕はを食い縛って、両手を硬く握ってみへの防御体制を固めますが、容赦の無いみが襲ってきます。 その時思ったのは生の肉をミリミリと割かれてるような感じのみでしょうか? ちょっと危機感を感じるみでした;;w その間も背中では先生と看護師さんの「凄い出るなぁ!」「うわぁ!まだ出るで!」「ああっ!こっちもや!」「こっちが本命やっ」「うわっ!すごっ!!」などと大量の搾り出しと格闘していただいているようです。 僕はもう「クッ、クッ」と悲鳴をあげない様に脂汗を額に浮かべて必死に耐えるしかありませんでした。 それからでっかい絆創膏のような物を背中に貼って、抗生物質をお尻に注射。 「チクっとしますよ」と言われましたが、あんなみの後ではつねられる程もくありませんでした;w

それからは毎日溢れ出ると闘いながら、毎日病院に行ってグリグリを絞り出されています;;w 最初程では全然ないけど、やはりいです;;

手術して以降、ほとんど眠れない(みではなく、抗生物質のせいか身体に違和感があって眠いのに眠れません;;)ので、早く完治してぐっすり眠りたいです~;;

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